「今度のお休みはどうしてるの?」 一緒にすごせるかと、淡い期待を胸に聞いた私に彼は答えた。 「シンガポール。美術の研修旅行があっただろ」 そうだった。彼の学年の演劇と美術の生徒はシンガポールへの研修があった。すこしがっかりしたが、 シンガポールへは行ったことがないという彼に、 「綺麗なところだよ」 と言った。 私がシンガポールへ行ったのはかれこれ10年も前になる。まだ小学生だった私は、両親と叔母、祖父母と共に 行ったシンガポールの風景をかすかに覚えている。その時はまだ一番下の弟は生まれていなかった。とにかく綺麗 だった。街も海も空気も、全てが綺麗だった。まだ祖父が生きていて、祖母が同居していて、両親は鬱陶しいほど 仲が良かった。そんな遠くの思い出が、シンガポールを美しく見せたのだろうか。 「やっと美味しいキャンディが手に入るよ」 と、彼は嬉しそうに言う。 「甘いもの好きなの?」 知らなかった。なんだか笑ってしまう。彼は見かけによらず結構子供っぽい。 「君は?」 「私も好きよ。日本にいたころはよく自分でクッキーとかチョコレートとか作ったな」 「じゃあ、ちゃんと君の分も持って帰ってくるからね」 そう。シンガポールで食べたキャンディは美味しかった。あの甘さはきっと本物だと思う。ただの思い出じゃない。 手が届きそうで届かない、消えてしまいそうなそんな想い出ではなくて、口いっぱいに広がるその甘さを確かめる日 も近い。彼がシンガポールから袋いっぱいのキャンディと戻った日に、私はきっとキャンディの甘さと私たちの甘さを 確かめられるだろう。
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