ドアが急に開いた。真夜中にこんな開け方をする奴なんてふたりしかいない。 「なんなのよ、一体」 やっと眠りかけていた目をこすって起き上がると、そこにいたのはやはり向かいの部屋のDaphneだった。 「眠れなくて。タバコ吸うけどくる?」 とライターとマルボロの箱をちらつかせる。どうせ私も寝付けなかったし、彼女と話すのも悪くないかも しれない。私たちは空き部屋のバスルームにこっそり入って、換気扇をつけた。私はたまにお酒は飲むが タバコは吸わない。身体に悪いし、匂いが絡みつくようで嫌なのだ。彼女はそれを承知で、たまにひとりで 吸うのがどうしても寂しい時に私を連れて行く。メンソール独特の香りがバスルームに広がる。なんだか 自分がとてつもなく汚れたことをしているような気がした。 「ね、吸わない?」 私の答えを知っているくせに、彼女は毎回そういって差し出す。そして私はいつも申し訳なさそうな顔で 首を横に振るのだ。それっきり彼女も、そう、とだけ言ってあとは自分が吸う。 「私さあ、強がってるけどやっぱり忘れられないわ、彼のこと」 驚いた。1年前から遠距離恋愛になって しまっていたイギリスにいる彼と、つい最近別れた彼女は落ち込んでいるものと思っていた私の予想を 裏切って、普段はあっけらかんとしていたからだ。 「まだ、好きなの?」 返事は返ってこない。私も返事など期待してはいないけれど。 「私ね、悩んでたんだよ」 いつもは聞き手に回る私がふと言ったので、彼女が少し驚いた顔をして私を振り返った。そして私を見つめると、 ふっと笑って 「ティッシュ」 と手を伸ばす。私は薄く微笑んで、トイレットペーパーの切れ端を彼女に手渡すと、続きを口にした。 「悩んでた。本当にこれでいいのかなって。大学1年先に延ばして、学校に残ることにして・・・時間、無駄に してるんじゃないかって。でもさ、昨日彼が笑いかけてくれたのみて思ったんだよね」 そこで言葉を切った私に、興味なさげに聞いていた彼女が私を見ないまま言った。 「何を?」 髪をもてあそびながら私は言った。 「全てがここにある。友達も、いい先生も、仕事も、環境も、住むところも・・・愛する人も、私を愛して くれる人も」 ふっ、と鼻で笑った彼女が何をいいたいか察した私は、 「多分」 と付け加えて笑った。 「だから、いいの。決めた。私は絶対に後悔しないし、投げ出さない」 きっぱり言い放った私を、彼女は今度はまっすぐ見つめた。 「よし、じゃあ飲もうか」 私も明るく笑って、 「この間のまだ残ってたよねー、確か」 というと、彼女もやっといつものいたずらっぽい笑顔で言った。 「残ってた残ってた。で、下からDVD持って きて映画見よう」 またこっそり部屋に戻った私たちをつなげていたのは、私は決して吸わない一箱のメンソールと、シェアする ラムコーク。そして少し切ないふたりの恋物語。
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